ファンベース戦略とは? 一度好きになった顧客が離れなくなる理由
——数字だけでは説明できない瞬間がある。
あるD2Cブランドのコンサルティングに入ったときのことだ。
広告のクリック率も悪くない。CVRも平均以上。
それでも、売上の伸びはどこか頭打ちだった。
深夜、データのダッシュボードを眺めながら私は考えていた。
「どこを改善すれば、このブランドはもう一段、伸びるんだろう?」
そのとき、SNSのモニタリング画面に、ひとつの投稿が流れてきた。
「このブランド、もう3年以上リピートしてる。
正直、もっと安い商品もあるけど……なんか、応援したくなるんだよね。」
——それを見た瞬間、私は腑に落ちた。
このブランドの成長を支えているのは、数字では説明しきれない“ファン”の存在だ。
ファンは、単なる「リピーター」ではない。
ブランドの世界観や価値観に共鳴し、
ときに自分のことのように語り、周りに薦め、長く支えてくれる“共犯者”だ。
この記事では、マーケティング戦略家として300社以上を支援してきた私が、
- ファンベース戦略とは何か?
- なぜ一度好きになった顧客は離れにくいのか?(心理)
- ビジネスとしてどう設計すればLTVが伸びるのか?(実務)
- 現場で使える“ファンベース戦略フレーム(5ステップ)”
を、できるかぎりわかりやすく言語化していく。
1. ファンベース戦略とは?(定義と時代背景)
ファンベース戦略とは一言でいうと、
「新規を追い続けるのではなく、“今いるファン”を大切にし、その熱量を起点にブランドを成長させる戦略」
のことだ。
マス広告全盛期は、
どれだけ多くの人に知ってもらうか? =リーチとGRPの戦い
だったが、SNSと口コミが主役になった今は、
どれだけ深く愛してくれる人を増やせるか? =ファンの熱量とつながりの戦い
へと変わっている。
■ なぜ今「ファン」が重要なのか?
- 新規獲得コスト(CAC)が年々高騰している
- どの市場も商品スペックがコモディティ化している
- SNSで“好き”や“推し”が可視化されるようになった
- 口コミやUGCの影響力が広告を凌ぐ場面が増えている
この環境では、
「一度好きになってくれた顧客を、いかに離さないか」が
LTVと事業の安定性を決める。
2. なぜファンは離れないのか?(心理学から読むファンの構造)
ファンが離れにくい理由は、心理学的に説明できる。
■ 一貫性の原理:「自分の選択を裏切りたくない」
人は、自分が一度“好き”と表明した対象に対して、
その評価を維持しようとする。
だからこそ、
「ずっとこのブランドを使っている自分」
というアイデンティティを持つ人は、そう簡単には離れない。
■ 自己一致理論:「このブランドは“自分らしさ”だ」
ブランドの価値観や世界観が「自分らしさ」と重なったとき、
そのブランドは単なる商品ではなく、自分の一部になる。
例えば、
- 環境意識の高い人が、Patagoniaを選び続ける
- クリエイティブ志向の人が、Appleを好み続ける
ここには「商品のスペック以上の意味」が働いている。
■ ナラティブ同一化:「物語の中に自分がいる」
ブランドが持つ物語と、
顧客自身の人生や価値観が重なったとき、ファン化は一気に加速する。
人はモノを買っているようで、実は、
「自分が参加したい物語」を買っている。
3. ファンベース戦略の3原則
実務としてファンベース戦略を考えるときの、
シンプルな3つの原則がある。
■ 原則1:とにかく“今いるファン”を大切にする
多くの企業は、新規顧客ばかりを追いがちだ。
でも、売上の多くは「上位20%のコアファン」がつくる。
この20%を深く理解し、丁寧に関係を育てることが、
ファンベースの出発点だ。
■ 原則2:好意 → 信頼 → 応援の段階を設計する
「なんとなく好き」 … 好意 「このブランドなら信じられる」 … 信頼 「このブランドを応援したい」 … 応援
ファンベース戦略とは、この3段階を意図的に設計し、
「応援」に到達する人を増やす戦略でもある。
■ 原則3:つながりをつくる(ブランド×顧客×顧客)
現代のファンは、企業とだけつながりたいわけではない。
- ブランド × ファン
- ファン × ファン
この両方の“接点と場”があると、
ファンは「ここは自分の居場所だ」と感じる。
4. ファンとリピーターの違いとは?
ここで一度、よく混同される
「リピーター」と「ファン」の違いを整理しておこう。
| リピーター | ファン | |
|---|---|---|
| 何が好きか | 商品・サービス | ブランドの世界観・価値観 |
| 代替可能性 | 他の安い/便利な選択肢があれば乗り換えやすい | 多少高くても、多少不便でも離れにくい |
| 行動 | 「また買う」 | 「人に薦める」「SNSで語る」「応援する」 |
| 時間軸 | 短期的な満足 | 中長期的な関係性 |
どちらも大事だが、
ブランドの“資産”になるのはファンのほうだ。
5. ファンを生む“世界観”設計(ブランドの人格づくり)
ファンベース戦略の土台には、必ず世界観がある。
世界観とは、ブランドがまとっている“空気”のようなものだ。
これを実務的に分解すると、次の4つになる。
- Value:何を大切にしているブランドなのか?
- Story:どんな物語を生きているブランドなのか?
- Personality:人に例えると、どんな人格なのか?
- Expression:その世界観は、デザイン・言葉・体験にどう現れるか?
これらが一貫しているブランドは、
顧客にとって「なんとなく好き」が「離れたくない」に変わる。
6. ファンを増やす“体験設計”とは?
ファンは、一夜では生まれない。
小さな肯定体験の積み重ねが、やがて「愛着」になる。
■ 購入前だけでなく、「購入後」を設計する
- 開封体験(パッケージや同梱物)
- サポート体験(問い合わせへの対応)
- フォローメール(押し売りではない伴走感)
- コミュニティやイベント(参加したくなる場)
特にD2Cやサブスクでは、
購入後体験(CX)がファン化の中心になる。
■ 「裏切らないブランド」になる
ファンベース戦略の根底にあるのは、
「このブランドなら、裏切らないだろう」
という信頼感だ。
過度な値上げ、世界観に反したコラボ、
不誠実な対応……
こうした行動は一気にファンの信用を削ってしまう。
7. 【経験談】ファンベース再設計でLTVが1.8倍になった話
私が支援したあるサブスク型サービスでは、
新規獲得は順調なのに、解約率が高く、
LTVが伸びないという課題を抱えていた。
広告運用やLP改善はひと通りやった後だったので、
私は視点を変え、ファンにだけフォーカスしたインタビューを実施した。
ヒアリングでわかったのは、意外な事実だった。
- ファンは「サービス内容」だけでなく、
「運営者の姿勢」や「世界観」に強く共感していた - にもかかわらず、その想いを共有する場がほとんどなかった
そこで、
- ブランドの価値観・ストーリーの再定義
- ファン限定コミュニティの開設
- 運営者の想いを語るコンテンツ発信
を実行した結果、半年で:
- LTV:1.8倍
- 解約率:−34%
- UGC(自発的な投稿):約2.3倍
このプロジェクトを通じて、私は改めてこう感じた。
ファンは売上をつくる存在ではなく、ブランドの“未来そのもの”だ。
8. ファンベース戦略がうまくいかない企業の共通点
逆に、ファンベース戦略を掲げながら失敗する企業には、
いくつかの共通点がある。
- 新規獲得にばかり予算と意識が向いている
- 「ファン」の定義が曖昧で、誰のことか分からない
- コミュニティ運用が一方通行の“情報発信”になっている
- 世界観が弱く、顧客が語る言葉がない
- ファンを「利用する存在」としてしか見ていない
ファンは、
“搾取する対象”ではなく“一緒に未来をつくる仲間”だ。
9. ファンベース戦略が企業にもたらす効果
ファンベースは「きれいごと」ではなく、
ビジネスインパクトも明確だ。
- LTV(顧客生涯価値)の向上
- 口コミ・紹介の増加
- 広告効率の改善(ブランド好意が広告効果を底上げ)
- 価格競争からの脱却
- ブランド資産(エクイティ)の積み上げ
- 採用力・社員エンゲージメントの向上
短期売上だけを追うマーケティングから、
“関係性を資産として育てるマーケティング”への転換が、
これからの企業に求められている。
10. 実務で使える“ファンベース戦略フレーム(5ステップ)”
最後に、現場でそのまま使えるように、
ファンベース戦略を5つのステップに整理しておく。
STEP1:ファンを定義する
- 「どんな人をファンと呼ぶのか?」を明確にする
- 購入回数、金額、SNS言及、アンケートなどで可視化
STEP2:ファンの共感ポイントを分析する
- なぜあなたのブランドを選んでいるのか?
- 他ではなく、あなたである理由は何か?
STEP3:世界観・物語を再設計する
- ファンが愛している“核”にブランドを寄せていく
- メッセージ・ビジュアル・体験の一貫性を高める
STEP4:UGC・コミュニティで共創の場をつくる
- ファンが「語りたくなるきっかけ」を用意する
- ハッシュタグ、イベント、限定コンテンツなど
STEP5:体験(CX)を磨き続ける
- 不満の芽をつぶす
- 小さなサプライズを仕込む
- 「このブランドでよかった」と何度も思ってもらう
11. よくある質問(FAQ)
Q1:小さな会社でもファンベース戦略は必要ですか?
A:むしろ小さな会社こそ、ファンベースが武器になります。
広告予算で戦えない分、“深い関係性”で戦う必要があります。
Q2:ファンコミュニティは必須ですか?
A:必須ではありませんが、「場」があるとファン同士のつながりが生まれやすくなります。
小さくてもいいので、対話の場をつくることをおすすめします。
Q3:LTVが低いプロダクトでも意味がありますか?
A:単発商品の場合でも、ブランドへの好意は別の商品の購入や紹介につながります。
ファンベースは「今の商品」だけでなく、「企業全体」の資産になります。
12. まとめ|ファンはブランドの“未来の共犯者”である
ファンベース戦略とは、
- 新規獲得に追われるマーケティングから
- 今いるファンと未来をつくるマーケティングへ
舵を切ることだ。
人はモノを買っているようで、
本当は、
「自分の心が安心して寄りかかれる場所」
を選んでいる。
あなたのブランドのそばにも、
すでに静かに応援してくれている人がいるはずだ。
ファンベース戦略は、
その人たちに目を向けるところから始まる。
内部リンク
▶ マーケティングロイヤリティとは? ファンが生まれるブランド心理の作り方
▶ ブランドストーリーとは? 人が“語りたくなる企業”の条件を心理学で解説
▶ ブランドアイデンティティの作り方|世界観で顧客を惹きつける実践フレーム
▶ マーケティングファネルとは? LTVが劇的に伸びる“分解思考”を解説
参考・引用
本記事の内容は、ファン心理・ロイヤルティ研究に関する一般的な知見、および筆者(神谷玲央)が関わった複数のファンベース・LTV向上プロジェクトの経験をもとに再構成したものです。具体的な数値・事例は守秘義務に配慮し、一部は傾向ベースで抽象化しています。



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